ボランティアという名の自己利益。2004.10.27 Wednesday
卒論のネタに、と様々な人のブログを立ち回っているのですが
やっぱり今の記事トップは「新潟中越地震」ですね。
阪神大震災のときはネットでの呼びかけによって
ボランティア志願者達が自衛隊よりも早く現地入りが出来たという
逸話が少し頭の中を巡ったのは言うまでもありません。
ボランティア。
今回も沢山の声があがっています。
少しでも役に立てたら、少しでも力になれたら、と。
今すぐにでも現地に向かいたい、何か仕事はないか、と。
人間の一番優しい感情から生まれてくる稀少な欲求だと思います。
思いますよ、思いますとも。でもさ。でもなのさ。
ボランティア、ナメてんじゃねぇぞ。
大口叩きますとも。叩きますともさ。
ボランティアなんて単語を聞くと私は容赦しない。
生半可な気持ちで言っちゃいけない単語なんだぞ。
だから、私は本当に腹を決めた時にしかこの単語を発しない。
他人がどう思おうと、私は私の経験からそう決めた。
人の手を求めている現地に飛び込むのもいいけども
その前に自分の管理は出来ているのか。
現地の状況(地形、気候など)をきちんと把握しているのか。
現地に着いたはいいが、自分が怪我や病気でダウンしたり
道に迷って逆に人の手を借りなければいけない状況に追い込まれたりしたら
全く持ってボランティアの意味が無い。ただの足手まとい。
そんなんだったら何もしないほうがいい。
自分の正義感に酔って行動する奴が一番邪魔だ。
物が足りない状況だから救援物資を送ろうとするでしょう。
大きなボランティア団体だって呼びかけるでしょう。
その救援物資、何でもかんでも送ればいいってもんじゃないんだよ。
中には粗大ゴミ回収と勘違いしてるんじゃないか
っていうものまで平気で出してくる。バザーじゃないんだよ。
「物が無くて困ってるんだから使えればいいじゃない」
なんて言葉を実際に聞いたことがある。
ばかやろう、好きで物が無くなってるんじゃないんだ、
現段階で自分のほうが金銭的・精神的余裕があるんだったら
新品よこせ。それくらいの誠意を見せろ。
それが出来ない奴は物品提供なんて絶対にするな。
私の同級生で、三陸沖にロシアのタンカーから重油が流出した時に
海岸清掃にわざわざ富山から福井まで行った人がいた。
周りの人は「受験生なのにボランティアって偉いね」って言っていた。
でもそれには裏があって、
彼女は推薦入試に有利になるよう、話をわざわざ造りに行ったのだ。
自分の利益に還元するようにボランティアするってどういうことだ。
ボランティアって意味分かってるか?
その事実を知っていた私だけが「そいつ最悪」と言っていた。
そしてそんなことを言う私を人は「お前最悪」と言っていた。
おんなじような理由で
ガールスカウトに所属していた子を私は何人も見てきた。
親のスネかじってるくせに人の役に立ちたいなんて言う奴も見てきた。
てめぇ意味履き違えるなよ、と言いたかったが言わずに過ごしてきた。
ガールスカウトに所属していたおかげで
私はボランティアが何たるか、本当の意味を知ることが出来た。
私にはその本当の意味のボランティアは出来ないと悟った。
自分の人生投げ打ってまでボランティアは出来ない。
ただ、その意味を理解した上での
ほんの少しの、自分が出来る限りの奉仕は出来ると思う。
そう思って今まで生きてきた。
だから尚更、ボランティアという言葉に過剰反応してしまうんだと思う。
私が心に留めている定義は被災地救済活動よりももっと広範囲でのものだけど
ボランティアによって自己陶酔に浸る人間が沢山出るのは
小さいも大きいもそんなの関係ない。
だからどんなに小さなものでも私は容赦しません。
それでも私には浮ついた心で活動する人たちを止める資格は無い。
ただ、自分の意見を述べることしか出来ません。
ボランティア本気でするんだったら、なりふり構わずやれ。
それだけが今の所、何もしてあげられない傍観者としての私の言い分です。
やっぱり今の記事トップは「新潟中越地震」ですね。
阪神大震災のときはネットでの呼びかけによって
ボランティア志願者達が自衛隊よりも早く現地入りが出来たという
逸話が少し頭の中を巡ったのは言うまでもありません。
ボランティア。
今回も沢山の声があがっています。
少しでも役に立てたら、少しでも力になれたら、と。
今すぐにでも現地に向かいたい、何か仕事はないか、と。
人間の一番優しい感情から生まれてくる稀少な欲求だと思います。
思いますよ、思いますとも。でもさ。でもなのさ。
ボランティア、ナメてんじゃねぇぞ。
大口叩きますとも。叩きますともさ。
ボランティアなんて単語を聞くと私は容赦しない。
生半可な気持ちで言っちゃいけない単語なんだぞ。
だから、私は本当に腹を決めた時にしかこの単語を発しない。
他人がどう思おうと、私は私の経験からそう決めた。
人の手を求めている現地に飛び込むのもいいけども
その前に自分の管理は出来ているのか。
現地の状況(地形、気候など)をきちんと把握しているのか。
現地に着いたはいいが、自分が怪我や病気でダウンしたり
道に迷って逆に人の手を借りなければいけない状況に追い込まれたりしたら
全く持ってボランティアの意味が無い。ただの足手まとい。
そんなんだったら何もしないほうがいい。
自分の正義感に酔って行動する奴が一番邪魔だ。
物が足りない状況だから救援物資を送ろうとするでしょう。
大きなボランティア団体だって呼びかけるでしょう。
その救援物資、何でもかんでも送ればいいってもんじゃないんだよ。
中には粗大ゴミ回収と勘違いしてるんじゃないか
っていうものまで平気で出してくる。バザーじゃないんだよ。
「物が無くて困ってるんだから使えればいいじゃない」
なんて言葉を実際に聞いたことがある。
ばかやろう、好きで物が無くなってるんじゃないんだ、
現段階で自分のほうが金銭的・精神的余裕があるんだったら
新品よこせ。それくらいの誠意を見せろ。
それが出来ない奴は物品提供なんて絶対にするな。
私の同級生で、三陸沖にロシアのタンカーから重油が流出した時に
海岸清掃にわざわざ富山から福井まで行った人がいた。
周りの人は「受験生なのにボランティアって偉いね」って言っていた。
でもそれには裏があって、
彼女は推薦入試に有利になるよう、話をわざわざ造りに行ったのだ。
自分の利益に還元するようにボランティアするってどういうことだ。
ボランティアって意味分かってるか?
その事実を知っていた私だけが「そいつ最悪」と言っていた。
そしてそんなことを言う私を人は「お前最悪」と言っていた。
おんなじような理由で
ガールスカウトに所属していた子を私は何人も見てきた。
親のスネかじってるくせに人の役に立ちたいなんて言う奴も見てきた。
てめぇ意味履き違えるなよ、と言いたかったが言わずに過ごしてきた。
ガールスカウトに所属していたおかげで
私はボランティアが何たるか、本当の意味を知ることが出来た。
私にはその本当の意味のボランティアは出来ないと悟った。
自分の人生投げ打ってまでボランティアは出来ない。
ただ、その意味を理解した上での
ほんの少しの、自分が出来る限りの奉仕は出来ると思う。
そう思って今まで生きてきた。
だから尚更、ボランティアという言葉に過剰反応してしまうんだと思う。
私が心に留めている定義は被災地救済活動よりももっと広範囲でのものだけど
ボランティアによって自己陶酔に浸る人間が沢山出るのは
小さいも大きいもそんなの関係ない。
だからどんなに小さなものでも私は容赦しません。
それでも私には浮ついた心で活動する人たちを止める資格は無い。
ただ、自分の意見を述べることしか出来ません。
ボランティア本気でするんだったら、なりふり構わずやれ。
それだけが今の所、何もしてあげられない傍観者としての私の言い分です。